キャメラをむけたとたんに、日常は日常でなくなるし、人の話はそのディテールに必ずフィクションが入り込む。たしかに、キャメラの目の前で起こったことは、その時点での事実である。しかし、その事実をいくら集めても、真実にならないという本質的矛盾をきちんと見つめることからドキュメンタリー映画は始まる。その意味で、事実の断片をある教育的目的のために収斂させているにもかかわらず、真実が人の心を打つなどと素朴に信じている文化映画の旧弊とは一線を画する必要がある。
(中略)
ドキュメンタリー映画は、事実と真実の波間にいかに激しく漂うかということに尽きる。
(「私のドキュメンタリー・ベスト10」佐藤真 より)
新潟水俣病の未認定患者家族を捉えた「阿賀に生きる」。いわゆる「障害者アーティスト」について扱った『まひるのほし』『花子』など、社会に関連の深いテーマを取り上げながらも、固定観念にとらわれない自由な視点でドキュメンタリー映画を作り続けた、佐藤真。彼の作品は、国内外で高く評価されています。
本書には、2007年に49歳で世を去った佐藤が遺した数々のエッセイと、平田オリザ、森達也ら32名が、佐藤真とその作品に寄せた文章を収録されています。
真実を見る、ということは、どういうことなのか。
自分が見たものを、ひとに伝える、ということはどういうことなのか。
その問いに向き合いつづけた佐藤の言葉に、ときに深くうなずいたり、ときにはっと驚いたり。そのところどころで、佐藤真そのひとの不在を思ううちに、昨日までとは、少し景色が違って見えてくるのです。
映画のことはよく知らない、作品を観たことがない、という人も、ぜひ、手にとってみてくださいね。