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今ならサイン本のご用意です!
広島在住の作家・小山田浩子さんの『小さい午餐』。
「実際にどこかへ行って昼食を食べた経験」でありながら「どの店の何月何日何時何分の、とも言い切れない出来事の記憶になって」いるという、エッセイであり私小説でもある作品集です。
「退治と思って食べても食べ終えると名残惜しいのがラーメンだ」(「ラーメン屋のラーメン」より)
「噛むうちにお米のいい香りがしてきてふた切れじゃ足りない、追加したいくらいだがトッピングメニューに求肥はない」(「東京駅であんみつ」より)
こんなふうに、26編どれを読んでも、食べものそのものに対する描写や感想が秀逸で、さらさら読んでいるだけでもグッときてしまうのです。
…が、ほかの食エッセイではきっとなかなか味わえないのが、「食べる」ことのまわりにある表現の数々。
たとえばある一編ではこんな場面が描かれます。
「…ほいじゃ、雨が降らんうち、わし、帰ろう」ポロシャツのおじいさんがゆっくり立ち上がった。「降りげなか」厨房の声が意外そうだった。「なんとのぉ、空が暗ァわ」その言葉に、店の中にいた人々が一瞬、新聞や雑誌や料理やコーヒーから目を上げ窓の外をみた気配がした。私も見た。確かに薄暗くなっていた。
(「喫茶店の天丼」より)
こういう食事の前後を含めた全体の「体験」ごと、私たちはご飯を食べているんだよなあ…としみじみ。まさに咀嚼するように読み進めていると、ページをめくる手をなかなか止めることができません。
食欲の秋、読書の秋にぴったりの作品です。ぜひ!