
あんパンとクリームパンしか売っていないパン屋に下宿する若い洋裁職人の冴えない日常を描いた「初子さん」。
ほとんど客の入らない劇場で三十年以上漫談をつづける「マドモアゼル鶴子」と劇場仲間らが、奇妙な運命に翻弄されていく「うつつ・うつら」。
揃って本社から左遷された咲嬉子さん、光恵さん、係長の三人が切り盛りする旅行代理店とそのお客を描いた「まっ茶小路旅行店」。
京都を舞台にした3つの物語があつまった短編集です。
昨日に似た今日、今日に似た明日。めぐっているような袋小路のような日々の中に、わたしたちは滞っていることしかできないのでしょうか。
そんなみるみる煮つまっていく感情を、作中で巧みにすくい上げながら、絶望や憂鬱にも、希望や救済にも帰結せず、ただ「彼らが在る」ということだけが残る…、そんな一編一編に、これぞ文芸の妙味!とうならされます。
古い建物特有の薄暗さや、小さな社会で生きる人々に身にしみついた偏屈さなどには読みながら背筋がひやりとするのですが、一方で、文体はあっけらかんと軽やかで、場面を一瞬で変えてしまうような滑稽味もくせになります。
はまったら抜け出せない赤染晶子世界、じっくりとご堪能ください!